あざらしとペンギンの問題

主に漫画、数値計算、幾何計算、TCS、一鰭旅、水族館、鰭脚類のことを書きます。

ねぇ今どっちの積分?

突然ですが、次の式を見て下さい。

\int_a^b \frac{d}{dx} f(x) \,dx = f(b) - f(a)

あるいは、

F(x) = \int f(x) \,dx

として

\int_a^b f(x) \,dx = F(b) - F(a)

何?こんなの当たり前じゃないかって?残念!それが通るのは高校までです。

上の関係式は「微分積分学の基本定理」と呼ばれています。*1その名が示す通り、微分積分を議論する上で最も基本的かつ重要な定理です。その意味はずばり「微分積分は互いに逆である」ということです。これを「証明」*2したのはニュートンライプニッツ*3とされ、双方とも微分積分学創始者とされています。

上の式で注意すべきところは、積分記号が異なる意味で使われていることです。

F(x) = \int f(x) \,dx

f(x) の原始関数、すなわち

\frac{d}{dx} F(x) = f(x)

となる関数を表していて、この意味での積分は単純に微分の逆演算です。それに対して

\int_a^b f(x) \,dx

は定積分であり、面積の概念を手本にして構成された本来の意味での積分です。よって、これと微分や原始関数との結びつきは全く自明ではありません。実際、接線の傾きと面積との間に関係があることは、一見して解るほど明らかではないでしょう。それこそが、最初の関係式が微分積分学の基本定理と呼ばれる所以なのです。

微分積分学の基本定理は多変数にも拡張されます。その一例として線積分について見てみることにします。

最初の式において

df = \frac{df}{dx} \,dx

とすると、

\int_a^b df = f(b) - f(a)

と変形することができます。先ほどの dff の全微分に一致します。そこで、多変数関数 f(x_1, x_2, \dots, x_k) の全微分

df = \frac{\partial f}{\partial x_1} \,dx_1 + \frac{\partial f}{\partial x_2} \,dx_2 + \dots + \frac{\partial f}{\partial x_k} \,dx_k

を考えて、これを2点 \mathbf{a}\mathbf{b} を結ぶなめらかな路 C の上で積分すると、全く同様の関係式

\int_C df = f(\mathbf{b}) - f(\mathbf{a})

が成り立つのです。これは d\mathbf{x} = (dx_1, dx_2, \dots, dx_k) と置けば

\int_C \mathrm{grad} f \cdot d\mathbf{x} = f(\mathbf{b}) - f(\mathbf{a})

と書くこともできます。

この式を見ると、微分積分で消えるというばかりでなく、積分の値が曲線の両端だけで決まるという重要な事実が見て取れるでしょう。より一般的な形として、A_1, \dots, A_k を関数として、ベクトル値関数 \mathbf{A} = (A_1, \dots, A_k)積分を考えると、

\int_C \mathbf{A} \cdot d\mathbf{x}

は一般に曲線 C の境界の値だけでは決まらず、途中経路に依存します。上の積分値が途中経路に依存しないで決まることの条件は、形式 \omega = \mathbf{A} \cdot d\mathbf{x} が全微分の形で書ける、つまり、ある関数 f が存在して

A_i = \frac{\partial f}{\partial x_i} \quad (i = 1, 2, \dots, k)

と書けることです。この条件を \omega は「完全微分」あるいは「完全形式」であると言います。物理学ではこのような関数 f を「ポテンシャル」と呼びます。これは多変数版の原始関数に相当するものです。

ベクトル解析でよく知られた事実として、ユークリッド空間上の穴のない(「単連結」な)領域において定義されるベクトル値関数 \mathbf{A} に対して、形式 \omega = \mathbf{A} \cdot d\mathbf{x} が完全微分であるための条件は、定義域において \mathrm{curl} \mathbf{A} = 0 が成り立つことです。例えば、3次元のベクトル値関数 \mathbf{A} = (A_x, A_y, A_z) の場合は、

\frac{\partial A_z}{\partial  y} = \frac{\partial A_y}{\partial  z} \frac{\partial A_x}{\partial  z} = \frac{\partial A_z}{\partial  x} \frac{\partial A_y}{\partial  x} = \frac{\partial A_x}{\partial  y}

が成り立つこととなります。この種の定理を「ポアンカレ補題」と言います。

以上の事柄は微分形式*4の理論において一般化された形で整理されます。一般化された微分積分学の基本定理

\int_M d\omega = \int_{\partial M} \omega

という形にまとめられます。詳しい説明はしませんが、式を見ると左辺の微分 d が右辺では境界 \partial に置き換わっていることが分かります。右辺の積分は境界上での積分なので、重積分として見ると積分記号が1つ落ちていることになります。この簡単な式は、具体的には「グリーンの定理」、「ストークスの定理」、「ガウスの発散定理」を含んでいます。このように、一般化することによってかえって単純な構造が浮き彫りになることは、数学の理論の力を見るよい例です。

ということで、今回は微分積分学の基本定理について見てみました。このようなよく知られたものでも、注意して見ないと勘違いしやすいところがあるのです。さらに、この例は高い視点で物事を見ることの大切さを教えてもくれます。そういう意味で、数学を学ぶ上でとても教育的な領域だと思います。

*1:正確には、後者をもって「微分積分学の第二基本定理」といいます。逆に、「不定積分微分が元の関数である」というのを「微分積分学の第一基本定理」といいます。

*2:敢えて「証明」と言ったのは、現代でいうところの数学的に厳密な証明が彼らによって為されたわけではないからです。18世紀までの前近代の数学では、証明というよりも導出に重点が置かれていたので、極限の扱いは概ね直感的なものでした。しかしながら、オイラーの式に代表される大胆な導出ができたのは、そのような時代だからこそとも思えます。近代ではラマヌジャンがかつてのオイラーのごとく多くの驚くべき式を残しましたが、彼の場合は自分でさえもその式が出てきた過程が解らなかったようです。要するに、厳密な理論を構築できることと、それに値する事柄を発見できることとは、全く異種の能力ということですね。

*3:先立ってジェイムズ・グレゴリー、アイザック・バローの貢献がありますが、当時として完全と見なされる「証明」を与えたのはニュートンライプニッツです。

*4:「(外)微分形式」はエリ・カルタンによって導入されました。彼は数学の理論構成で多くの偉業を残していて、それらは現代においても数学を展開する上で無くてはならないものとなっています。