あざらしとペンギンの問題

主に漫画、数値計算、幾何計算、TCS、一鰭旅、水族館、鰭脚類のことを書きます。

英語ができない

昔から英語に対する苦手意識がありました。単語を覚えるのが退屈で仕方がなかったこと、そもそも日本語でさえ上手くコミュニケーションが取れないのに、況してや英語でだなんて冗談ではないと思っていました。私が理系に進んだのは、単純に理科が好きだったからというのが大きいですが、もうひとつの理由として、現場の技術者になれば英語を使わなくても十分やっていけるだろうというネガティブな考えがありました。残念ながらその見通しは甘すぎたというのが過去を振り返って思うところです。

出身高校(水族館)での私の英語の成績は、下の中くらいだったと記憶しています。化学が好きで得意だったというのは前に言ったかもしれませんが、英語は散々な思い出しかありません。模試の理系総合には英語が含まれていたので、それが明らかに足を引っ張っていました。例の全統模試の偏差値は 72-74 くらいで上位1%に入るかどうか程度でしたが、英語がまともにできればもっと上に行けたと思います。しかしながら、たま多摩センター試験では9割取れたので、あれはまぁ当てにならないなと思いました。

私の出身校は帰国子女が多かったこともあり、英検2級で普通くらいの印象で、準1級もそれなりの数いて、1級も少数ながらいるという環境でした。英語の授業も(私にとってては)高度で、予習をして望まなければフルボッコにされるといった雰囲気で、試験に出される長文は冗談かと思うほどの長文でした。東京/京都大学をターゲットにしている授業だったので、それくらい求められるのは当然といえば当然でしたが、とにかく英語には悪い思い出しかありません。

とはいえ大学に入ってからはそれなりにやっていけました。というのも、理系専門英語のリーディングは意外なほど簡単なのです。専門用語は確かに聞き慣れない難しい単語が多いのですが、それは嫌でも覚えることになります。それに対して文章はストレートな表現で書かれているので、読むのに苦労することは少ないです。

筆者が英語圏出身でない場合が多いことはかなり関係していると思います。英米の筆者の文章は難度が上がるような気がします。同様に、英語で行われる講義や発表においては、話者が英語ネイティブかどうかはかなり大きな違いに聞こえます。ネイティブの方が表現が多彩な上にスピードが速いため、数段難しいのです。いわゆるイディオムもネイティブの人は普通に使いますが、非ネイティブの人が使っているのはそれほど聞きません。A couple of … のような中学レベルのイディオムともなれば、ネイティブは当たり前のように使ってきます。こんなところでイディオムの重要性を知るとは随分と遅い話ですね。

正直な感想を言わせてもらえば、日本の研究者には英語嫌いの人が多いと思います。当然ながら論文は英語で書かれていますし、自分で書く場合も英語で書くのが当たり前になります。英語で話すイベントは国際発表のみならず、外国人研究員や留学生と話す場合など日常的に発生します。

私がどれだけ英語が苦手でも、論文を読むのはさすがに慣れました。明らかに英文よりも内容の方が難しいので、英語で詰まっている場合ではないのです。前述の通り専門の英語は簡単なので、論文を読むことの難しさでは内容の難しさが大半を占めます。

しかし、会話に対する苦手意識は今でも抜けません。先に上げた国際発表、研究員、留学生らとの議論といったイベントは当然私にも発生しました。理系でやっていく以上英語を避けては通れないということに、大学院まで行ってようやく気づくとは、遅いなどというものではありませんね。タイムマシンがあれば過去の私に言ってやりたいところです。(私は天邪鬼なので他鰭の指示など聞かない可能性は高いですが。)指導教員からも、D進するにしても就職するにしても、うちの大学を出て英語と無縁でいることはできないと言われました。まぁその後アレしたのですが。

以前にも言ったと思いますが、私は運良く UC Berkeley(計算機科学においては東の MIT と並ぶ名門)に滞在することがありました。当然周りは英語を話す人しかいないわけです。(アジア系やヒスパニック系が多い土地柄、中国語やスペイン語なども当たり前のように話されていましたが。)しかし、そこで思ったのは、外国にいるとむしろ英語が下手になるのではないか?ということでした。一時的にモチベーションは上がるものの、惰性になっていくとそこで止まってしまい、最低限の英語でサバイバルしていくようになってしまうのです。

このままではいけないと思ったのは、日本の国内事情を見てからです。私は国内の様々な地域を列車で旅しましたが、観光地はどこに行っても外国人の方が多いのではないかと思いました。田舎では移動は自家用車が当たり前なので、鉄道を使うのは学生か観光客が大半となります。そうすると、列車にはほとんど外国人しかいないという場面に出くわすことが度々ありました。観光地の人も外国人を相手にすることが日常的となっていて、なんとか通じる言語として英語を使うというのを何度も見てきました。私も外国人に間違えられることが何度かありました。

私は旅に出たり土地のことを調べたりして、おそらく人並みよりは日本のことを知っていると思います。良い部分悪い部分含めて。外国人から日本のことを訊かれることはそれなりにありました。しかし、私は英語が得意ではないので、十分に伝えるように話すことが難しかったです。日本語でも難しいのだから況してや、といったところです。日本人は多くが外国に対して内向きに思われますが、変に日本を持ち上げる人、逆に変に外国かぶれした人も少なくないという印象を私は持っています。いずれにしても日本そのものに対しては無頓着に思われます。盲目的に日本を上げるのも外国を上げるのも馬鹿らしいと思います。

日本はもはや先進国ではないと思いますが、後進国というのも間違いで、『後退国』であると私は思います。それ程度にはこの国に未来があるとは思いません。私は漫画やアニメなどのいわゆるオタクコンテンツというものが好きです。しかし、日本がその先端にいられる時間はもうそれほど長くはないと思ってもいます。日本のある分野に対する優位性は、ほとんどが遠からず他国に奪われるか、あるいはそのもの自体が消滅するかのいずれかに落ちると現実的に考えています。

私は日本という国に対してはさほど思い入れはありません。しかし、日本がこれまでに作り出してきた様々なものに、それなりに重い思い入れがあったりします。日本で内向きになることも日本をないがしろにすることも、それらを維持、発展させることに対して何の貢献もしないのは確かです。私は私自身に関してそれらに属することを好ましいとは思いません。

ここで必要になるのは、やはりまずは英語であると思います。それは私が避けようとしてきたものです。現在、私は一応何かを発信する立場として、英語を避けることは発信しないこととほとんど同義であると思っています。そして、私が伝えたいことを表現するためには、サバイバル英語では全く足りないとも感じています。そのためには英語を深く使いこなすことが必要であると考えます。ニュアンスに無知ではダメで、目的に応じて硬軟を使い分けることも重要です。ライトノベルがいきなり明治の小説になっては滑稽でしょう?

というわけで、しばらくは英語を頑張ってみようと思います。まず伝えたいことは「現在の日本には忍者も侍もいない。ただ人身売買はある」ということです。

では。

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私のプロフィールページと、かねてより作る作ると言っていた『天之御船新聞』、の前に土日に実施している『あんハピ♪』ワンドロのギャラリーを作りました。それと新聞の正式名称を Argonaut Herald に決めました。『天翔る船の使者』という意味で、『天之御船』と英語圏の新聞によく使われる Herald という名詞を合わせました。上であれだけ言っておいて英語版の記事を書かないわけにはいかないですね。

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